静岡水わさびを取り巻く人々

浅草弁天山
美家古寿司5代目親方

内田 正さん

わさびは唯一の存在

「静岡のわさびがなければ、寿司のおいしさを最大限に引き出すことはできません。良質なわさびは、酢飯と寿司ダネに一体感を与える、唯一の存在ですから」と語る内田正さんは、創業1866年の老舗「浅草弁天山 美家古寿司」の5代目親方だ。同店は、人の往来が絶えない東京・浅草寺の近辺にたたずみ、今も正統な江戸前すしの継承者として、多くの人たちを魅了している名店だ。

活かすも殺すもわさび次第

「この店で欠かせないのは、酢飯、寿司ダネ、新鮮なわさび、にきり醤油の4つ。寿司ダネには、江戸前すしの仕事と言われる、ヅケ、酢〆、昆布〆などの古典技法に加え、新しいアイデアも施します。ただ、それらの仕事を活かすも殺すもわさび次第。そこで間違えれば、すべてのこだわりが水の泡です」と内田さんは語気を強める。「私が使っているのは、伊豆・天城産のわさび。辛味だけではなく、香りも豊か。ほのかな甘みも感じるし、鮮やかな緑色も気に入っています」。

伊豆・天城への憧憬と経緯

内田さんと天城のつながりは深い。「先代、つまり父親が伊豆・湯ヶ島の温泉宿を常宿にしていたのです。私もよくついて行き、中伊豆にあるわさび田の景観に心を奪われていました。そんな縁もあって、もう30年以上、天城産のわさびを使い続けています。品種は真妻。風味が豊かなのはもちろん、品質が常に安定している点も天城産の大きな魅力です」と内田さん。大ぶりなわさびをまぶしそうに見つめる表情には、生産農家に対する敬意もあふれている。

職人の技と心意気

わさびに強いこだわりを持つ内田さんは、おろし金にも妥協がない。「うちで使っているのは、目立て職人に1点物で作ってもらった、わさび専用のおろし金です。いろいろ試しましたが、泡立つようにおろせるのは、これだけ。香りがよく立ち上がる上に、食べた後にふくよかな余韻も残ります」と内田さんは嬉しそうに語る。「ただ、わさびは自然の産物。風味には必ず個体差があります。それを敏感に感じ取り、寿司ダネに応じてわさびの量を加減するのが、腕の見せ所です」。笑顔の中に寿司職人としての矜持が光る。

江戸前すしの最高到達点

同店の人気メニュー「弁天山」7,500円を食す。酢飯と寿司ダネが濃密な一体感を醸す味わいは、江戸前すしの最高到達点を思わせるが、一方で職人のこだわりをさり気なく感じる軽やかな風味には、江戸の人たちが大切にしてきた“粋な心意気”も息づいている。まさに濃厚にして繊細なおいしさだ。その芳醇な香りは、物事の本質を見抜く鋭い眼力によって、多くの人に喜びを与え続けてきた内田さんの人柄を彷彿とさせる。

浅草弁天山 美家古寿司

(あさくさべんてんやま・みやこずし)

住所:
東京都台東区浅草2-1-16
電話:
03-3844-0034
営業時間:
11:30〜14:30(LO14:00)
17:00〜21:00(LO20:00)
日曜祝日11:30〜18:30(LO18:00)
定休日:
月曜、第3日曜